高山辰雄

画像提供依頼:顔写真の画像提供をお願いします。2022年10月
本来の表記は「髙山辰雄」です。この記事に付けられたページ名は技術的な制限または記事名の制約により不正確なものとなっています。
この項目には、一部のコンピュータや閲覧ソフトで表示できない文字(Microsoftコードページ932はしご高))が含まれています(詳細)
高山 辰雄
誕生日 1912年6月26日
出生地 大分県大分市
死没年 (2007-09-14) 2007年9月14日(95歳没)
死没地 東京都世田谷区
国籍 日本の旗 日本
芸術分野 日本画
教育 東京美術学校 (旧制)
受賞 日本芸術院賞(1960年)
文化勲章(1982年)
会員選出組織 日本芸術院会員(1972年)
文化功労者(1979年)
活動期間 1936年 - 2007年
テンプレートを表示

高山 辰雄(たかやま たつお、1912年明治45年)6月26日 - 2007年平成19年)9月14日)は、日本画家文化勲章受章者。

来歴

大分市に生まれる。1931年(昭和6年)、東京美術学校(現・東京藝術大学)日本画科に入学、1936年(昭和11年)に卒業している。在学中から松岡映丘の画塾に入り、師事した。美校の卒業制作「砂丘」は、砂の上に座るセーラー服姿の若い女性を俯瞰的に描いた洋画風の作品で、後の高山の作風を思わせるものはほとんどない。

高山は戦後まもない1946年(昭和21年)ころ、ゴーギャンの伝記を読んで感銘を受け、その後の作風にはゴーギャンの影響がみられるようになる。1946年、第2回日展に裸婦ふたりを描いた「浴室」を出品し、特選となる。1949年(昭和24年)には日展に「少女」を出品し、再び特選となる。この頃から独自の幻想的な画風が定着する。

1960年(昭和35年)に「白翳」で日本芸術院賞、1964年(昭和39年)に「穹」で芸術選奨文部大臣賞、1970年(昭和45年)には日本芸術大賞を受賞。

1972年(昭和47年)日本芸術院会員。1975年から1977年まで(昭和50–52年)日展理事長を務め、任期満了後は日展常務理事、顧問となる。1979年(昭和54年)文化功労者として顕彰。1982年(昭和57年)70歳の時に文化勲章を受章している。1983年(昭和58年)に大分市名誉市民に推挙され、1987年(昭和62年)には世田谷区名誉区民として顕彰される。

1985年(昭和60年)には東京はじめ日本の5都市で「日月星辰-高山辰雄展1985」を開催。屏風絵の大作をはじめとする意欲作を出品し、健在ぶりを示した。

1990年(平成2年)秋の平成の大嘗祭では(出身の大分県が主基国に選ばれたため)、大分の風俗考証画を制作納めた。

2007年(平成19年)9月14日午後4時19分、肺炎のため自宅で死去。95歳没。

出身地の大分県には高山にちなんだ「高山辰雄賞ジュニア県美展」(通称「高山賞」「高山展」)という名称の賞がある。

代表作品

  • 「砂丘」 1936年、東京藝術大学 収蔵
  • 「浴室」 1946年、大分県立芸術会館 収蔵
  • 「食べる」 1973年、大分県立芸術会館 収蔵
  • 「日(六曲屏風)」 1985年
  • 「月(六曲屏風)」 1985年、成川美術館 収蔵
  • 「赤い服の少女」 1997年、康耀堂美術館 収蔵
  • 「二人」 1997年、康耀堂美術館 収蔵
  • 「草原の朝」 2001年、康耀堂美術館 収蔵

画集・著書

  • 『高山辰雄』 三彩社、1974年
  • 『日月星辰 高山辰雄屏風画集』 新潮社、1976年
  • 聊斎志異』 渓水社 1978年
  • 現代日本画家素描集 7 日月星辰 高山辰雄』 日本放送出版協会、1978年
  • 『高山辰雄自選画集』 毎日新聞社 1979年
  • 『アッシジへ行く高山辰雄墨画集』 講談社、1979年/新版・角川文庫、2002年
  • 『大地を行く高山辰雄中国墨画集』 講談社、1987年
  • 現代の日本画 9 高山辰雄』 学習研究社、1991年
  • 現代日本素描全集 7 高山辰雄』 ぎょうせい、1992年
  • 『高山辰雄』 日本経済新聞社(日経ポケット・ギャラリー)、1992年。文庫版
  • 『聖家族1993 高山辰雄画集』 講談社、1993年
  • 『高山辰雄』 日本経済新聞出版社、1997年
  • 『高山辰雄の世界 素描と本画』 広田肇一責任編集、思文閣出版、2000年
  • 『存在追憶 限りなき時の中に』 角川書店、2007年。画文集の遺著

関連項目

外部リンク

  • 表示
  • 編集
 
第一部(美術)
日本画
洋画
彫塑
工芸
建築
 
第二部(文芸)
小説
戯曲
詩歌
評論
翻訳
 
第三部(音楽・演劇・舞踊)
能楽
歌舞伎
  • 1951: 三代目中村時蔵
  • 1952: 二代目市川猿之助
  • 1953: 三代目市川寿海
  • 1954: 三代目阪東寿三郎
  • 1956: 三代目市川左団次
  • 1962: 六代目中村歌右衛門
  • 1966: 七代目尾上梅幸・八代目坂東三津五郎
  • 1969: 十七代目中村勘三郎
  • 1970: 二代目中村鴈治郎
  • 1972: 十三代目片岡仁左衛門
  • 1974: 八代目松本幸四郎
  • 1975: 七代目中村芝翫
  • 1981: 四代目中村雀右衛門
  • 1982: 三代目實川延若
  • 1984: 十七代目市村羽左衛門
  • 1985: 二代目中村吉右衛門
  • 1986: 二代目中村扇雀
  • 1987: 五代目中村富十郎・七代目尾上菊五郎
  • 1988: 片岡孝夫
  • 1989: 十二代目市川団十郎
  • 1990: 八代目中村福助
  • 1991: 九代目坂東三津五郎
  • 1993: 五代目中村松江
  • 1996: 二代目中村又五郎
  • 1999: 五代目中村勘九郎
  • 2001: 六代目沢村田之助
  • 2005: 九代目中村福助
  • 2006: 十代目坂東三津五郎
  • 2007: 五代目中村翫雀
  • 2008: 五代目中村時蔵・五代目中村芝雀
  • 2011: 三代目中村橋之助
  • 2016: 五代目中村歌六・五代目坂東玉三郎
  • 2017: 四代目市川左團次
  • 2018: 三代目中村扇雀
  • 2020: 十代目松本幸四郎
文楽
邦楽
洋楽
舞踊
演劇
太字は恩賜賞受賞者。名跡は受賞時のもの。表記揺れによる混乱を避けるため漢字は便宜上すべて新字体に統一した。
典拠管理データベース ウィキデータを編集
全般
  • FAST
  • ISNI
  • VIAF
    • 2
  • WorldCat
国立図書館
  • ドイツ
  • アメリカ
  • 日本
  • バチカン
芸術家
  • オランダ美術史研究所データベース
  • ULAN
その他
  • IdRef