ムンク島

ムンク島
現地名:
Munkholmen
ムンク島(2013年)
ムンク島の位置(Trøndelag内)
ムンク島
ムンク島
ムンク島の位置
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ムンク島の位置(ノルウェー内)
ムンク島
ムンク島
ムンク島 (ノルウェー)
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地理
場所 トロンデラーグ
座標 北緯63度27分04秒 東経10度23分01秒 / 北緯63.45111度 東経10.38361度 / 63.45111; 10.38361座標: 北緯63度27分04秒 東経10度23分01秒 / 北緯63.45111度 東経10.38361度 / 63.45111; 10.38361
面積 13,000 m2 (140,000 sq ft)
長さ 480 m (1570 ft)
200 m (700 ft)
行政
トロンデラーグ
トロンハイム
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ムンク島(ムンクとう、ノルウェー語: Munkholmen)は、ノルウェートロンデラーグトロンハイムに所在するである。ブラットーラ島(ノルウェー語版)から北西におよそ1.3km、トロンハイムの中心部を流れるニデルヴァ川(ノルウェー語版)の河口付近に位置し、面積は13,000平方メートルほどである。この小さな島は、かつて処刑場修道院要塞刑務所第二次世界大戦中には対空砲台として使われてきた。現在は観光地として人気がある[1]

Munkholmenは「修道士の小島」の意味[3]で、日本語では、ムンク島のほかムンクホルムンムンクホルメンムンクホルメン島とも表記される[4][5][6]

歴史

997年にオーラフ・トリグヴァソンがトロンハイムを建設する以前、ムンク島はラーデのヤールによって処刑場として使われていた。995年にオーラフがノルウェーにやって来ると、ホーコン・シグルズソンへの反乱が起き、ホーコンはトルモッド・カルク(ノルウェー語版)によって殺害された。ホーコンとカルクの首はフィヨルドに面したムンク島の杭の上に置かれ、この地を訪れる者への警告となった。犯罪者や政敵の首を斬り、見せしめにするという伝統はしばらく続いたが、市民の犯罪を抑止するため、首はやがてトロンハイム市の方角を向くようになった[7][8]

ニダルホルム修道院

元々は「ムンク島」という表現は一般的に使われていたものではなく、むしろニダルホルム修道院(ノルウェー語版)があった場所として知られていた。12世紀初頭、あるいはそれ以前から、ベネディクト会修道士たちはこの島の修道院で生活していた。修道院は中世に3度火災で大きな被害を受けており、最後の火災は1531年のものである。トロンハイムにルーテル教会プロテスタントがやって来た頃には建物はすっかり朽ち果てており、かつての修道院は王室の所有となった。17世紀にムンク島が要塞化されたことに伴い、修道院はその姿を消した[8][9][10]

砦と牢獄

カール・グスタフ戦争スウェーデンがトロンハイムを包囲した後、1658年に島で砦の建設が始まった。1661年にこの砦は完成し、社会不適合者などの牢獄としても使用された。この牢獄の最も有名な囚人であるピーダー・グリフェンフェルド(デンマーク語版)伯爵は、1671年にコペンハーゲンから移送されてきた。その後18年間をこの牢獄で過ごしたが、末期の病気を患い、解放された。

1700年から1704年まで、砦の指揮官を務めたのはクルト・クリストフ・フォン・コッペロウ(ノルウェー語版)少佐であった。この砦は1893年まで実際に使われていた[8][11]

ナチス・ドイツによる占領

1940年、ナチス・ドイツヴェーザー演習作戦によりノルウェーを占領した。ノルウェーの戦い初期にトロンハイムを制圧すると、フィヨルドの地形効果を利用してすぐに潜水艦の基地を建造した。このとき、ムンク島には対空兵器が備えられていた。砦の大部分は弾薬庫に改修され、兵士のブーツが金属の釘に当たって火花から誘爆するのを避けるため、床板は木製の釘で打たれていた。ナチス・ドイツの占領軍は、1945年5月のヨーロッパでの戦争終結までノルウェーに居座った。現在も、砦の上部にはその当時の設備が残されている[8]

観光・レクリエイション

現在、ムンク島は夏場の観光名所として、またトロンハイム市民の憩いの場としても親しまれている。5月から9月の間は、ラヴンクロア(ノルウェー語版)からの定期船が運航されている。島では(ノルウェー語および英語による)ガイドつきツアーもあり、個別に自由行動することもできる。また小規模ではあるが、カフェやレストランも楽しめる[8]

ギャラリー

  • ムンク島の図面(1733年)
    ムンク島の図面(1733年)
  • トロンハイムからの眺望
    トロンハイムからの眺望
  • 円塔の内部
    円塔の内部
  • ムンク島からトロンハイム市街を望む
    ムンク島からトロンハイム市街を望む
  • 司令官の邸宅
    司令官の邸宅
  • グリフェンフェルドが囚われていた牢獄の入り口
    グリフェンフェルドが囚われていた牢獄の入り口
  • 観光地としての現在の様子
    観光地としての現在の様子

脚注

  1. ^ “Munkholmen”. トロンハイム. 2018年3月19日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年6月1日閲覧。
  2. ^ “Welcome to Munkholmen!”. 2023年2月1日閲覧。
  3. ^ 公式サイトの英語版案内[2]に"Monk’s islet"という別記
  4. ^ ユーレイル. “ノルウェーの旅程 フィヨルドの国での真夏の冒険”. 2023年2月1日閲覧。
  5. ^ “トロンヘイム”. コトバンク. 世界大百科事典. 平凡社. 2023年2月1日閲覧。
  6. ^ 間野正巳「PRADS'87に参加して」『日本造船学会誌』第698巻、1987年、449-452頁、doi:10.14856/zogakusi.698.0_449。 
  7. ^ “Munkholmens historie”. Munkholmen. 2017年8月8日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年6月1日閲覧。
  8. ^ a b c d e Asgeir Våg Magnus Clark訳 (1997). Trondheim: The Historical Capital of Norway. Trøndersk Forlag AS. ISBN 978-8292305010 
  9. ^ Knut A. Rosvold, ed. (2 June 2012). "Munkholmen". ノルウェー百科事典 (ノルウェー語). Kunnskapsforlaget. 2018年3月18日閲覧
  10. ^ “Nidarholm kloster i Trondheim” (ノルウェー語). Den Katolske Kirke. 2017年6月1日閲覧。
  11. ^ Øystein Rian, ed. (13 February 2009). "Peter Griffenfeld". Norsk biografisk leksikon (ノルウェー語). Kunnskapsforlaget. 2018年3月18日閲覧

外部リンク

ウィキメディア・コモンズには、ムンク島に関連するカテゴリがあります。
  • 公式ウェブサイト
  • ムンク島 (opplevmunkholmen) - Facebook
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